ひらがな・漢字の読み書き障害の特徴
今までの議論は、欧米での読み書き障害に関する知見を中心としたものです。それでは日本のひらがな・書字の読み書き障害についてはどうでしょうか?
 音韻に弱さがある場合には、英語、日本語ともに、読み書きの障害がおこります。しかし、読み書き障害の発生は、英語と日本語では違うことを推測させる事例が報告されました(ワイデルら、1999)。
  英語と比べて、日本語のひらがなでは、音と文字との関係が一対一対応に近いことを指摘できます。しかし日本語では、ひらがなと漢字を混在して用いており、特に漢字には、形が複雑で、複数の読み方を持つ文字があります。これより音韻に対する気づきや音韻の認知(音韻意識)だけでなく、文字の形の認知処理や空間構成力、さらには協調運動などの不全がある場合には、読み書き障害が生じることを推測できます。
 大石(2007)は、日本語の読み書き障害の種類として音韻性読み書き障害と視覚性読み書き障害の2つをあげています。あわせて文章読解に困難を示すタイプの事例を挙げています。

(1)音韻性の読み書き障害と困難の背景 
 音韻性の読み書き障害は、特殊音節の習得やひらがな文の流暢な読みに困難を示します。また、漢字の読み困難を示す傾向が強いことが知られています。

① ひらがな文の読み困難について
 葛西ら(2006)は、ひらがなと簡単な漢字単語からなる文の音読課題を用い、読み障害児の音読特徴を検討しました。その結果、読み障害児は、定型発達児と比べて、音読に要する時間が長く、読み詰まりが多いことを明らかにしました。
 Gotoら(2007)は葛西ら(2006)の音読課題を用いて、LD児の特徴を検討しました。対象は、教育的定義に基づくLD児とし、在籍学年より2学年以下の国語到達度学力検査で達成段階が十分でないものとしました。その結果、音読時間の基準値(定型発達児の平均+2SD)を越えた読み障害児を23名中16名で認めました。このことは、教育的定義のLD児の中に、読み障害を示す者が高いことを示しています。
 Gotoら(2008)は、読み障害児と定型発達児を対象として、有意味単語と無意味単語の音読反応時間を検討することで、語彙ルートと非語彙ルートについて評価を行いました。課題は、短時間呈示されたひらがな単語を、声を出して読むことです。呈示時間は、約200ミリ秒と短い時間でした。ひらがな単語が呈示されてから声に出して読むまでの、音読反応時間を測定しました。ひらがな単語として、1文字、2文字単語、3文字単語が用いられました。単語には、有意味単語と無意味単語の2種を用いました。定型発達児の結果についてみると、2文字・3文字の有意味単語の音読反応時間は学年の増加に伴い減少しました。特に、4年生では、ひらがな1文字の音読反応時間は、2文字単語の音読反応時間とほぼ同じになりました。これより、ひらがな有意味単語を読むプロセスは、小学1年から3年にかけて、著しい発達的変化を示すことが分かります。



 読み障害児は、ひらがな1文字を読む時の反応時間が長いことが分かります。また、有意味単語の文字数が増えると、音読反応時間が比例して延長を示しました。このことから、彼らにおいては、文字と音の変換が苦手であると同時に、文字をまとまりとして読むことも苦手であることが分かります。
 眼球運動の研究から、日本語を読んでいる時は、眼球は200から250ミリ秒停止し、2文字から5文字を一度に読みとっていることが報告されています(懸田、1998)。流暢な読みが可能であるためには、2文字から5文字を一度に読みとり、その時間も一定であることが必要です。このことから、文字数が増えると反応時間が増加する読み障害児は、流暢な読みが難しいことが分かります。

②漢字単語の読み困難について
 読み障害児では、なぜ、漢字単語の読みが苦手になるのでしょうか?
 漢字単語の読みは、新しい単語に出会うたびに、学習していく必要があります。したがって、漢字単語の読み困難ということは、「読みの学習困難」を意味しています。
 漢字単語の読みの学習困難の背景として、「聴覚記憶の弱さ」が指摘されています。
 私たちは、友人の電話番号を覚えなくてはいけないときに、心の中で何回か反復します。このことは、友人の電話番号(聴覚的イメージ、音韻)を反復する(ループする)ということで、音韻ループと呼ばれます。この音韻ループは、聴覚記憶の大切な働きの一つです。
 聴覚記憶が弱い子どもでは、音韻ループを利用する学習課題が苦手になります。このことは、音韻ループの働きを妨害した時の学習に関する研究からわかりました。研究の結果、音韻ループの働きは、学習材料がみ意味単語である時や、視覚的イメージを持ちづらい単語の学習に関係することが分かりました。
 音韻ループの働きが妨害された状態は、聴覚記憶の弱い子どもをシミュレーションした状態であると考えられます。聴覚記憶の弱いLD児でも、日常のニュースや出来事については知識を得ることができ、友達とも会話することができます。具体的な有意味単語に関する学習によって、ニュースの知識を記憶できます。しかし、聴覚記憶の弱いLD児は、具体的でない単語や意味の乏しい事がらを記憶するのが苦手です。このような特徴は、音韻ループと学習の関係から理解することができます。



(2)視覚性読み書き障害と困難の背景

視覚性読み書き障害は、見て形や大きさ、位置関係を認識するという視覚認知の側面と、形を構成するという構成行為の2つの側面における障害が想定されています。視覚性認知の困難を示す児では、書き障害のみを示す事例も知られています。




(3)文章読解に困難を示すLD児と困難の背景

 LD児の中には、読み書きは比較的良好であるが、読解に困難を示す子どもがいます。このような子どもでは、作文も苦手です。この特徴は、高機能自閉症やADHD、軽度知的障害などの子どもでも共通して見られます。
 高機能自閉症児は、他者の視線や心の状態を理解することが苦手であると指摘されています。他者の行動を理解するためには、「他者には、自分や現実世界と独立した心的状態が存在する」ことを理解することが必要です。文章には、感情や人の気持ちを描写した文章があります。高機能自閉症児では、書かれている事実関係の理解はできても、主人公の気持ちを推測するのが苦手です。
 ADHD児では、衝動性が高く、注意の維持が難しいことが知られています。文章の読解は、文章の中から必要な情報を取り出すことは、一定の時間がかかる作業であり、その間は、注意の維持が必要です。子の注意の維持の難しさのために、読解が難しくなります。
 軽度知的障害児では、語彙の発達年齢と概念の発達レベルの弱さに起因して読解が難しくなります。概念の発達に関しては、生活に関連した具体的な概念は理解が進むが、経験をしたことが少ない事がらについては、理解が遅れる傾向にあることが知られています。
 LD児では、ワーキングメモリに弱さがある子どもが多いことを指摘できます。文章が少し複雑になってくると、読み進めてきた情報を整理し、関連付けながら、先の文章を読み進めていくという処理が必要になります。そのため、ワーキングメモリに弱さのある子どもでは、読解に強い苦手を示します。またLD児の中には、思考のプロセスそのものに、弱さが見られる事例が報告されています。